東京高等裁判所 昭和37年(ラ)744号 決定 1963年3月18日
抗告人 松本一郎
訴訟代理人 田中稔
相手方 朝井弘
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告理由は別紙に記すとおりである。
当裁判所の判断は次のとおりである。
一、本件不動産強制競売事件(静岡地方裁判所昭和三十七年(ヌ)第六号)によると外山葉子は同人と外山茂(現在秋田茂)との間の静岡家庭裁判所昭和三十六年家(イ)第一六三号離婚等調停事件の調停調書による財産分与金の弁済を受けるため、強制執行として右調停調書を債務名義として秋山茂の本件建物について有する二分の一の持分に対し競売の申立をしたところ、同裁判所は昭和三十七年二月一日競売手続の開始決定をし、同日本件競売建物の登記簿にその旨記入せられて差押の効力が生じた(債務者の秋田茂には昭和三十七年二月二十三日に送達)ことを認めるにたる。従つて同年二月一日以後において債務者の秋田茂はその所有の本件建物については売買や賃借権、抵当権の設定、物件の第三者に対する引渡など競売処分を妨げるような如何なる行為をしてもそれは競落人に対抗できないものといわねばならない。
抗告人は昭和三十七年一月末外山茂こと秋田茂及び外山葉子両名から本件建物を一ケ月金四万円の賃料で賃借し同日右建物の引渡を受けたと主張するがこれを認めるにたる証拠はなく、却つて前記記録中の賃貸借取調報告書(四四丁)、抗告人提出の営業譲渡契約証書、委任状、借用証、共同経営契約書(抗告事件記録一七乃至二三丁)等によると抗告人の本件建物占有は少くとも昭和三十七年二月二十日以後に属することが明かである。前記競売事件記録中の建物評価書(四一丁)の記載によつても右認定を履えすことはできない。抗告理由第一点の主張事実は認容できないところである。
二、本件抗告事件記録中の前記抗告人提出の証拠書類及び同請求書(二六、二七丁)によると、抗告人は昭和三十七年二月二十日ごろに秋田茂から同人が従来本件建物において営んでいた飲食店業の経営権を譲受ける契約をし爾来右建物の改装のため抗告人主張のように相当の費用を投じたことは認め得られるけれども、相手方朝井弘が本件建物を競落し、引渡命令の申請をしたことを以て特に抗告人の右出費を無価値ならしめこれを窮地に陥れる目的でなしたものと認められる証拠はない。偶々外山葉子が正当な債務名義に基いて秋田茂の建物持分にたいし競売申立をしその競売手続において正当に競落人となつたもので右競落人の権利として本件引渡命令の申請をしたものに過ないというべきであり、相手方の行為を以て権利の乱用となすことはできない。抗告理由第二点も採用の限りでない。
三、抗告人が本件建物を占有したのは競売開始決定がなされ且つ競売申立登記のなされた後であることは第一項に認定するとおりであり、その後に右建物を占有するに至つた抗告人は右占有が秋田茂の承諾を得たものであると否とにかかわりなく、競売申立人及び競落人に対抗できないものである。抗告人の占有が競売開始決定以前であるとする前提に立つ抗告理由第三点の失当であるこというまでもない。
四、相手方は秋田茂の本件建物に対する共有持分二分の一を競落により取得したものであることは抗告人主張のとおりであるが、共有者の有する所有権も建物の全部に及ぶものでただ権利の内容が量的に制限せられるにすぎず、権利の保全については共有者各自単独に権利を行使できるものであるから相手方が本件建物に対する二分の一の共有持分に基き本件引渡命令の申請をしたことも違法であるとはいえない。抗告人の主張第四点も理由がない。
五、原裁判所は、抗告人において本件競売申立の登記がなされ建物に差押の効力が生じた後にこれを占有したことが記録上明白と認め引渡命令を発したもので、かかる無権原占有者に対し、民事訴訟法第六八七条により引渡命令を発し得べきものと解するを相当とする。蓋し差押開始決定の登記及び所有者(債務者)に対する送達以後、所有者が競落人の権限の妨げとなる処分を為し得ないことは前述の通りであり、而も競売裁判所は競落人に対抗し得る権利は別として、買受人たる競落人に対して能うる限り完全な状態に於て目的物を引渡すのが競売の制度に合致するからである。従つて民事訴訟法第六八七条はその占有が債務者に在ることを通例としての立言たるに止まり、競売開始決定が効力を生じた以後の占有者で競落人にその占有を対抗し得ない者を除外する趣旨とは解せられないのである。これと同趣旨の下に異議申立を却下した原決定は相当で抗告理由第五点も採用できない。
六、抗告人は、かりに同人が本件競売開始決定のなされる前に秋田茂、外山葉子より本件建物を賃借したものでないとしても、本件競売開始決定以前から右建物を賃借していた葉山真一郎より所有者承諾の下に賃借権を譲受けたものであると主張するけれども、前記抗告人提出の証拠によつても右葉山真一郎が本件建物を所有者である秋田茂、外山葉子から賃借していた事実は認められず、また右葉山が従前から本件建物を使用しておつて、抗告人との合意により抗告人に本件建物を使用せしめるに至つたものとしても右抗告人の建物使用につき所有者が同意をしたと認めるにたる証拠はない(かりに同意をしたとしてもそれは本件建物差押の効力が生じた後に属することであるから同意は無効である)。抗告人の主張第六点も理由がない。
七、本件建物に対する所有権二分の一の持分を競落した相手方に右権利を保全するため引渡命令の申請をする権利のあることは前記四に述べたとおりで、抗告理由第七点も採用の限りでない。
八、抗告人は本件建物の共有者であつた秋田茂、外山葉子の承諾の下に建物の必要費有益費を支出したと主張するけれども右所有者の承諾の事実はこれを認めるを得ず、抗告人の本件建物の占有は競落人である相手方に対抗し得べき正権原を有しないものであることは前記認定のとおりであり、特段の事由のない限り抗告人は右権原ないことを知つて建物を占有するものと認められるからたとえ抗告人はその主張のような必要費有益費を支出したとしても本件建物につき留置権を主張することはできない。抗告理由第八点も採用するに由ないところである。
すなわち本件抗告理由はすべて認容し難く、その他記録に徴するも原決定に違法の点あるを見ないから主文のとおり決定する。
(裁判長判事 鈴木忠一 判事 谷口茂栄 判事 加藤隆司)
抗告の理由
一、抗告人は昭和三十七年一月末、申立人外山茂こと秋田茂及び外山葉子の両名より(各共有持分弐分の壱)本件の建物即ち、
静岡市七間町一四番地の九木造瓦葺弐階建壱棟建坪九坪五合、外弐階九坪を、右共有者両名より一ケ月金四万円の賃料を以て賃借し、同日右建物の引渡を受け営業を開始右建物に対し右共有者両名の承諾を得て右建物に営業上必要なる工事費(必要費、有益費)金百弐拾六万八千四百五拾円を支出(此費用は建物価格の上に顕現している)秋田茂に対しても家賃その他として金七拾六万円を支払い、始めより今に至るまで平穏公然と営業を継続し居るものである。
二、相手方は土地建物ブローカーを営むもので本件秋田茂の共有持分を競買したるは抗告人の弟が所有する静岡市森下町の宅地一七七坪を取得したき念願より其方策として抗告人の現営業所の建物の弐分の壱の共有権が競売に付され居るを好都合とし之を競買し交換せんと画策したるも価格の開き甚だしき為め抗告人が承諾しないので前主秋田茂と通謀して秋田茂に抗告人が競売申立後右建物に侵入不法占拠を為し居るものと虚偽の念書を作成せしめ右念書を疏明として競落不動産引渡命令を申請し発令を得たるもので相手方は右引渡命令の執行を為し抗告人の営業を混乱せしめ、抗告人の弐百万円以上の支出を無価値たらしめる状態を作為し抗告人をして弐分の壱の持分と森下町の宅地との交換を承諾するより仕方なき窮地に陥入れ目的を達せんとする策謀にして本件競落不動産引渡命令申請は権利の濫用である。
之に基き為された引渡命令は違法にして取消さるべきものである。
相手方が本件共有権と抗告人の弟の土地と交換せんと画策し競買したることは人証に依つて立証する。
秋田茂作成の文書が虚偽なることは別紙添付の文書により秋田茂に家賃其の他の金員を支払たることを立証する。
三、抗告人は前陳の如く競売手続開始決定以前より正権限に基き右物件を占有支配を継続し居るものにつき競売開始決定により何等の拘束を受くることなく所謂民事訴訟法の特定承継人にあらず。然るに原審が記録に依拠することなく当事者をも審問せず漫然競売手続開始決定後抗告人が本件建物に侵入したものと断じ異議申立を排斥したのは違法である。
四、本件競売は秋田茂の共有持分(二分の一)に対し行われたものにつき相手方の取得する権利は共有権であつて弐分の壱の共有権は観念上の半分を意味し占有の具体的関係に於ける半分を意味するものではない。従つて観念的には権利として行使し得るも具体的な執行となると実施の方法無く引渡命令に親しまざるものであるから異議申立を却下したのは違法である。
五、引渡命令は競売手続完了を目的として発せらるる命令手続につき競売手続の記録上明白ならざるに拘らず抗告人を漫然不法侵入者と断じ異議申立を却下したのは違法である。
六、仮りに抗告人の疏明によりては賃貸借が競売手続開始決定以前と認定し難しとするも、右競売手続開始決定以前より右建物を賃借し居りたる葉山真一郎より所有者の承諾の下に譲受たることは明白である。然して葉山は本件競売以前より占有支配し居り本件競売の為めに何等の影響を受くるものにあらず、其の権利を適法に承継したる抗告人も亦同一の地位にあり民事訴訟法上競売手続開始決定以前の占有者賃借人と同一の地位権利を承継するものにつき同人に対しても占有及び営業の自由を主張し得べく、抗告人の異議申立を却下したのは違法である。
七、原審は弐分の壱の持分を競買したる相手方に共有物全部の引渡命令の申請を為し得るが如く説明するも保存行為と管理行為とを混同したる説明にして法の解釈を誤まるものである。
八、抗告人は本件建物に対し共有者両名の承諾を得て必要費及有益費を金額百二十六万八千四百五十円を支出し此費用は建物の価格に顕現しているので抗告人は本件建物に留置権を有し此の権利は相手方に対抗し得るものにつき抗告人は留置権を主張する。依つて相手方は右必要費有益費を抗告人に支払うにあらざれば建物引渡を請求出来ざるものである。然るに条件を附せずして建物共有権二分の一の引渡を命じたのは当然主張し行使し得べき抗告人の権利を侵害する命令にして此点のみにても取消さるべきもので原審決定は違法である。
以上何れの点より看るも異議申立却下は違法につき茲に証明書類相添え即時抗告の申立をする。